コミュニケーション

ニューノーマル時代のコミュニケーション

ニューノーマルとは、社会的に大きな影響を及ぼす出来事が変化を促し、新しい常識や状態が生まれることを指します。別の言い方をすると今までの価値観が覆されることであったり、今までの普通や常識が、非常識になることです。

過去に2回ニューノーマルの時代があり、コロナ禍で3回目となります。

1回目は、2000年ころのネット社会の普及です。例えば今まで知らないことがあると、人に聞いたり、本や新聞で調べたりして知識を得たり情報を入手したものが、今では、スマホでググれば何でも分かってしまう時代になりました。それまでの「分からなかったら辞書で調べろ」とか「本から学べ」というそれまでの常識が通用しなくなりました。

2回目は、2009年以降のリーマンショック後の出来事です。それまで資本やそれによって得ることができる「モノ」に最大の価値を見出していたところが、今は「コト」に最大の価値を見出す時代になりました。これも価値観が大きく変わったポイントです。

そして、コロナ禍で、3回目のニューノーマルを迎えています。今までは面と向かってコミュニケーションを取ることが大事だということに対して、真正面から異議を唱えることはあまりなかったのではないかと思いますが、今はできるだけ人と接触しないようにしよう、特に大勢集まることは極力避けよう、ということになっています。ワクチンが開発されれば元の生活に戻るという人もいますが、私は、完全には 元には戻らないと考えています。

その理由は、例えばインフルエンザであれば、高熱を発した人は1週間会社を休みなさい。発症した人が所属する部署は全員、残業をせずに帰宅するように。毎日体温を測ってから出社するように、というように、的を絞って対処ができます。しかしコロナは、誰が感染者か分からないため、とりあえず全員マスクをしていよう。大勢の人が集まる場合は、2m以上の間隔を維持しよう。が基本であり、たとえワクチンが開発されても、そもそも誰が感染しているか分からないから、誰に休んでもらえば感染が広がらないのか、誰にワクチンを投与すれば感染が広がらないのかが分かりません。

もし、100人働いている事務所で、全員マスクをしていなければ、誰かが発症した時にはすでにクラスターとなっていて、その事務所が壊滅状態になってしまい、仕事が回らなくなるということが考えられます。ですので、ワクチンが開発されても現在の対応はそれほど改善されないのではないかと思います。

もし従来の面と向かってマスク無しに大勢集まって話し合う環境に戻すのであれば、毎朝コロナに対して陰性であることが確認できる測定キットを社員全員に配って検査してから会社に来させる必要があるでしょう。

コロナはインフルエンザよりも重症化しないので、それほど神経質にならなくても良いのではという意見もありますが、それは個人が何日間仕事を離脱するかという話で、コロナを考える時に重要なのは、知らないうちに感染が広がるということです。感染が広がれば、感染の拡大を防ぐために、組織の機能不全が起こる可能性があるということです。

コロナにかかっても無症状の場合もあるのだから、会社を休まなくてもいい。そうすれば業務に支障をきたさないという考え方もありますが、やはり考えなければならないのは、知らないうちに感染が拡大してしまってもいいのか、という考え方です。組織には、高齢も方がいるかも知れません。限られた人しか知らされていないかも知れませんが、疾病を抱えながら働いている人がいるかも知れません。それを考慮せずに、感染の拡大を前提に事業を継続してもいいのでしょうか。労働法令の考え方でいくと、企業の社員に対する安全配慮義務違反ということにもなりかねません。

そう考えると今回のニューノーマルは、直接のコミュニケーションが必要なことという常識から、必要な場合にコミュニケーションを取るとか、何かを介在させてコミュニケーションを取る、といったようにコミュニケーションの取り方が大きく変わっていく時なのかなと思います。

しかしそれを否定的にとらえるのではなくて、別のコミュニケーション手段の発展の時だと考えればいいのではないでしょうか。

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